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ウィリアム・ケントリッジさんの京都賞記念ワークショップに見る「知識人」の限界

 アート分野だけでなく、最近の社会のリアリティーを知るために巡っている様々な講演会やシンポジウム。そこで最近特に思うことは、そんなシンポジウムや講演会にパネラーとして参加している大学教授や知識人と言われる人々の幾人かは、確実に今のリアリティーから乗り遅れた時代遅れな人々ではないかということ。個人的に興味のある分野(主に人文学系)の偏った経験に基づく局地的な意見かもしれないが、その典型的なまわりくどさや、専門性の枠組みの中から逸脱できず、一般性まで貫通しえない意見などは、これでよく学生やメディアがついていっているものだと首をかしげるほどに思える。ケントリッジさん学生フォーラムちらし画像1

実際の例を出すのが結局一番分かり易いので、その事を特に感じた、京都賞受賞者のウィリアム・ケントリッジさんの記念ワークショップを例に出すと、前日の講演同様、自己の芸術の核心を開示したようなドローイングについての話から始ったその講演。しかし、物語(歴史)、アニメーション、演劇と3つの分野の専門家と対話形式の形に移行しだした頃から、その展開は迷走し始めた。登場した専門家たちは、自分の分野とケントリッジさんの芸術との関連を意識し過ぎるあまり、大局的な質問ではなく、自分の専門に偏った質問を重ね、話せば話すほどに対話の耕地が狭まっていくような極めて不毛なセッションを展開。

英語の同時通訳が行われていたこともあって多分気づかない聴衆もいたとは思うが、基本的には創造的な対話というものがほとんど存在しないような時間が流れ出した。こういう講演では、基本的に講演者がインスパイアされ、お互いが刺激を受けながら思いもよらぬ展開につながる質問をすることが重要なのだが、3人の専門家たちは誰もが自分の知識の豊富さを知って欲しいとばかりに長い前置の質問をし始め、結局は内容が拡散し、焦点のぼやけた質問となり、答えるケントリッジさんが最終的には別の話をしだすといったおかしな方向へとワークショップは進んでいった。国立京都国際会館画像1

大体、ワークショップという名称を付けているのだから、聴衆にとって何らかの役立つ展開を少しは期待していたのだが、時間が経てば経つほどに対話の耕地は狭められ、最後の全体討論の時には、それまで忍耐強く対話しようとしていたケントリッジさんまで匙を投げ、短い受け答えになってしまうような訳の分からない質問や、同様の質問を繰り返すといった、まるで内気な青年が初デートで彼女との沈黙に絶えれなくなり思いついた言葉を適当に言うという状況と似た感じになっていった。

正直、今になって振り返れば、ステージ上の「知識人」たちのそんな様子を見れたことは、それなりに面白かったのだけれど、その時は平日の昼間にわざわざ京都市北部の人里離れた会議場までやって来て、もう二度と聞くことができないかもしれない世界的アーティストの言葉を聞きに来たのに、この「クダクダ感」は一体何なんだという怒りを通り越してあきれる以外にない心境になってしまった。ステージ上の司会者もそんな状況を理解してか、まず聴衆に「このようなワークショップに最後までお付き合いくださりありがとうございました」と感謝の言葉を述べるなどパネラー側も良い対話が生まれ得なかったとの認識を持ったであろう3時間半。ケントリッジ展画像1

後になってワークショップに参加したという若い世代の人々に話しを聞いても概ね、「クダグダだった」、「もっと創作の核心に触れて欲しかった」といった意見が聞かれた。この他にも少し前に行われたある大学の学部開設シンポジウムで司会を務めた大学教授の的の外れた論議進行や、自己の思い込みや集積した知識の披露的発言ばかりを繰り返す「知識人」が参加した講演やシンポジウムに行くと、何で自分の貴重な時間を使ってまでこのような不毛な話を聞きにきたのだと相手以上に自分の選択眼の無さを呪いたくなるようなイベントが結構あったりする。

個人的に思うのだけれども、もういい加減、そういう質問力やコミュニケーション能力に問題のある人々をそういった講演会やシンポジウムに登壇者として参加させることはやめた方がいいと思う。それはそのイベントを主催した団体の人を見る目を疑われる問題でもあるし、結局はそこに集った人々の有意義な時間を浪費することになるのだから。これまでこの国は、そういったほとんど聴衆の役に立たない講演会やシンポジウムを行える余裕があったのかもしれない。しかしもういい加減そんな余裕はないだろうし、もっと創造性を生み出す論議や対話が必要な時代になっているのだと思う。

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阿部和璧

Author:阿部和璧
現代アートを中心とした美術関係について書くライターをやっています。2011年8月より東京に拠点を移し、現在は都内の地域アートプロジェクトのリサーチの仕事などをさせていただいてます。世の中にある凄いもの、面白いものに興味があり、そんなものたちについてみなさんと話し合ってみたいと思います。
連絡先はメールabekaheki@gmail.com
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