文化ブログ
阿部和璧(あべかへき)が世の中の良いもの、凄いものを紹介する。
神山健治監督が語った「自己実現のための方法論」

アメリカの有人月宇宙飛行計画(アポロ計画)で採用されたというバックキャスティングの手法を用い、これまでとは異なるアプローチで業界に新風を吹き込もうとしている新会社「STEVE N’STEVEN」。その取締役にも名を連ね、今秋に公開される『009 RE:CYBORG』の監督も務める神山監督。そんな監督が「ようやくここまで辿り着いたかな」という約23年の道のりで得てきたエッセンスを惜しげもなく語った約20分が、今回の講義のハイライトだったように思う。
約7年間、「自分の見たいもの、作りたいもの」をプロダクションやスポンサーに企画として出し続け、ことごとく門前払いされていたという20代の神山監督。そんな監督の転機となったのが「このままでは業界に入ることもできず仕事もない」という危機感から、これまでとは異なる態度で「やり手がない仕事を受けてみよう」と関わった作品だった。監督が逃亡し、2ヶ月放置されていた作品の、「絵コンテを1週間で書いてくれ」という危機的な依頼に応えるべく、睡眠時間4時間という状況の中で絵コンテを完成。

仕事を依頼をした人物はもちろん、「準備していた結果」という絵コンテは、内容だけでなく、クリエーター集団である制作スタッフからも、「このコンテだったら絵を描いてもいいよ」と言われて喜ばれた。そんな周囲の喜びを感じたことで、実は「自分がやりたいことは人からすればやりたくないことで、仕事をするからには誰かを喜ばせなきゃならない。だからお客さんのない仕事はないし、人に喜ばれることをする必要がある」という目標を実現する「近道」を学んだ。
そこからは、海外メディアが取材時に「経歴詐称では?」と問うほどの急激なキャリアアップを重ねていく。コアなアニメファンの中では、名作として知られる『人狼 JIN−ROH』の演出や、実は「たった2週間しか行われなかった」という『押井塾』から生まれた『BLOOD THE LAST VAMPIRE』の脚本。それら全ては、神山監督が控え目に話す「準備」と、「自分が対峙している目の前の人を喜ばせないと、次のチャンスは来ない」という「コツ」を実践した結果だった。

周囲を喜ばせることで、制作資金も含む、周囲の期待や協力という「自分の中の衝動」を実現させるために不可欠なものを呼びこむ流れを生み出し、2002年には、「人生において、もう監督できなくてもいいという思いで作った」という初のテレビ監督作品『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』を制作。「幸か不幸か望まれて監督を続けることができた」というそれ以後は、「本当のお客さんが待っていて、自分の夢で押し通しても無理」という新たなステージへと足を踏み入れた。
成功した作品と同じものが求められ、より広く「周囲を喜ばせる」ことが期待されている現在までの状況を「何百倍も大変」ということばで表現した神山監督。「周りの状況やお客さんの要請、時代のニーズを考えながら作っていかなきゃいけないというのを学んでいった」ということを幾つかの事例て紹介。スタッフの事情と「我々のチームのバージョンアップをしていかなきゃならなかったんで」という戦略的見地から2作目に『精霊の守り人』を選んだ理由。

さらには、「自分が気になること、興味のあることを精査して、その中から出てきたものを、みんなだったらどういう使い方していくかと演出チームと気絶するぐらい話し合って、作品に入れていく。そのことで作品への近似値が増え、ハードSFの作品でも身近な問題として見てもらえる」といったメールや携帯が普及しだした頃に作られた『攻殻機動隊』の電脳設定誕生の経緯も明かした。
「商業作品を作っていくためには不可欠な部分」の大前提として「相手を喜ばせる」ことの重要性を語った神山監督。「夢も希望もない話ではなく、どんなに自分を押し殺しても、自分ってなくならないんですよ。個性そのものは最初からあるものだから。だけど、最初から持っているものが黄金か、ただのうんこかは見極めた方がいい。そしてうんこも最後には黄金に変わる可能性があるから持ち続けてていい」。
自分の「個性」や「表現」といったものにこだわ続け、家族や友人以外からの期待や協力を得ることができず、その先にある「夢」や「希望」をあきらめてしまう現実。そこから一歩距離を置き、周囲に望まれていることをやり続けていく中で、少しづく動き出していく人生の歯車。もちろんそれは与えられたチャンスを確実にものにしてきた神山監督の凄さではあるけれど、その成功をうらやむだけでなく、今から確実にできる自己実現の第一歩として「周囲が喜ぶこと」をやっていくことで見えてくる次の風景があるのだと思った。
ウィキペディア 神山健治
「ゆるやかな革命」〜東京事典公開録画イベント第4回目を聴いて〜

最近、アート関係のイベントで名前を見かける、ヴィヴィアン佐藤さん、『疾走するアジア』という本を読んで以来、西洋には偏らないアートへの情熱に共感を覚えた森美術館館長の南條史生さん。藤さんだけでなく、興味深いメンバーが揃ったプレゼン会場に、特例として土足で上がってきたヴィヴィアン佐藤さん。銀髪の上に、ギリシャ神話に登場するメデューサをイメージしたぬいぐるみのヘビと、花壇のついたかぶり物をかぶって登場。
ドラッグクイーンというテレビでは見たことはあっても、実際に目にしたことのなかった世界の人が目の前にいる。そんな空間は部屋の雰囲気と相まって、日常と非日常が混じり合った独特の味わいを持っていた。人々がそんな佐藤さんの登場にようやく慣れた頃に始まったプレゼンは、今個人的に最も興味を持っている「場と空間」について、佐藤さん自身の存在を例にして語ったものだった。

以前は建築を学びながら、現在はアーティストであると共に、非建築家という肩書も持つヴィヴィアン佐藤さん。その話を要約すると、硬直した場を開くための存在として必要なものは、ハードとしての建築ではなく、極限のソフトとしての人間であり、それが最も有効なのは、ドラッグクイーンのような枠組みを超越した存在ではないかというものだった。
その考えは、前日、横浜で行われた藤さんと中村政人さんのトークイベントでも語られた「個人から始まる衝動を大事にすべきじゃないか」といった言葉や、「自分たちで自分たちの場所をつくり、自分たちの文化を生み出す」というアーツ千代田3331の理念にも共通するものを感じさせた。従来の枠組みを変容させ、新たな価値観を生み出すアーティストもまた、ドラッグクイーンと同じような役割を持つのだろう。

そんな存在である藤さんが、2番目に行ったプレゼンは、雑司が谷のプロジェクトに深く関わった水についてのこと。これまで様々な地域アートの現場に関わってきた藤さんの説明によれば、風としてやって来ては去っていくアーティストや、土として存在する地域の人々が、種としてのアイデアや創造力を植え付けるだけでは、新たな可能性の芽のようなものは育たないという。
そこにはその種に光を当てるメディアや個人といった情報発信者。さらにその種や芽となる存在に興味関心という「不思議な水」を注ぎ込み、成長を促す水的な人々の存在が欠かせないのだという。そして、その4つの要素の中で、これまで語られることのなかった水的な存在に注目していくことで、地域内に新たな芽が育ち、成長していく過程をより明快にしていこうという話らしい。

佐藤さんが焦点を当てるプライベートな空間よりも、より社会に開いたパブリックな状況の中で、そこにある問題と向き合ってきた藤さん。そんな藤さんが今注目する「不思議な感情の水」というものには、今現在、様々な地域や空間の中で、異なる価値観や立場の違いといったものにはばまれ、孤立化している人々を、ゆるやかにつなげるための重要な要素が含まれているのかもしれない。
もう一人、国境を超える規模で、アートの魅力を伝えてきた南條さんのプレゼンは、都市や国家の進化の過程には、生物に例えるならば遺伝子的な歴史的必然だけでなく、そのものや場所や人に宿った意志のようなものも重要ではないかという問題定義がなされた。現在、森美術館で行われているメタボリズム展を例にして話された話の最後には、法律や国自体の制度にまで話が及び、「安全に安全にやっていこうというのが今の日本の悪いところ。新しいことをやるために、制約を外す。法律や管理する側にルーズな面を生み出していくような政治の力も高めないといけない」と大きな枠組み内での「意志」の力の重要性を強調した。

佐藤さんが語ったプレイベートな空間のあり方や、藤さんの語った地域的側面での人々をつなぐための活動。そして南條さんが語った法律やこの国の制度という枠組みにまで踏み込んだ動き。これらは今、資本主義や民主主義といった社会の根底を支えてきたものさえも揺らぐ時代の中で、個人や地域、国といったそれぞれの集合体にある人々の内面を変革させ、新たな価値観へと向かわせる「ゆるやかな革命」を生み出すための時代的動きのように思えてならない。
3.11以降、「このままでは日本は衰退していく」という考えだけが、立場や境遇は異なる人々の中で唯一共有できるものとして存在しだした今、個人に近い空間から国家や法律といった社会制度に至るまでのそれぞれ空間で、より自由度の高い場を生み出そうとする人々がゆるやかにつながり、それぞれの現場で「ゆるやかな革命」を起こし続けることができれば、経済成長という指標では測りきれない、真の豊かさを持った魅力的な国家が、極東の日本という島国に成立するのかもしれない。
東京事典のウェブサイト
藤浩志さんの活動を紹介したブログ
ウィキペディア ヴィヴィアン佐藤
ウィキペディア 南條史生
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完成が迫るスカイツリーを望む浅草の都立産業貿易センター台東館で開催された"petit"GEISAI♯15。会場となる7階の、エレベーターの扉が開くと同時に聞こえてきた村上隆さんの声。マイクを通したその声に耳を傾けると、今回のGEISAIで初めて行われることになったポイントランキングについての説明がなされていた。
受付で渡された3つのGEISAIシールを使い、約200のブースの中から気に入ったアーティストにポイントを投票。そしてそのポイントは1位から最下位まで集計され、上位10名のアーティストには、中野にある村上さんのギャラリーで個展やグループ展が開催できるのだという。

何だかAKB48の総選挙を思わせるシステムに、とりあえずはブースを観ることから始めようと、人が少ない会場奥のブースから回りだした。事前情報では、今回のGEISAIは29歳以下という年齢制限や、クオリティーを保つための事前審査が課せられたというだけあって、若くとも、何かしらの魅力を持った作品を展示したブース多かった。
平面作品から立体、写真、パフォーマンスからインスタレーション的なものまで、クオリティーのばらつきを含め、約200のブースを回る行為は、明確な評価基準を定めることの難しい現代アートの中にあっても、自分が何を評価し、何を評価しないかという自身の目を問われる刺激的なものだった。それは、ポイントランキングというシステムが導入されたことで、より強められ、村上さん曰く「ほとんどは作品を買わない人々」という来場者たちが、時間間際までブースを回り、投票パネルにシールを貼ったり、投票数の多い作品を見直しに行ったりという行動にも表れていた。

そんな人々が投票したポイントが、来場したプロのギャラリストや美術誌編集長のポイントと同じ価値として扱われ、その上位発表が審査員賞の発表以上に盛り上がりを見せたことは、個々の人々が何かに積極的に関わりたいという意識が高まっている今の日本の状況を、アートイベントという場の中に取り込んだ形のように思え興味深かった。
昨年秋からのチュニジアやエジプトやで巻き起こった民主革命や、資本主義の中心地アメリカで広がりを見せるデモ。そして日本では震災ボランティアや反原発デモに象徴される、これまでの自身や社会のあり方を問い直す契機を含んだ動き。これらは行動の動機やそれぞれの方向性は違えど、何かしらの小さな力の結束が生み出す大きな流れが、これまで当たり前のように続いてきた制度や考えに変化を促す切っ掛けになっていくのかもしれない。

今回、会場入り口横に張り出された出展者リストには、GEISAIの頭文字Gのマークの入った幾つものシールが、たぶん様々な人々の思いや気持ちの表れとして貼り付けられていた。そんな何かしらのポジティブさの表れとも言えるシールの数々を見ていると、そういう小さな希望や前向きな行為の積み重ねのようなものが、結果的に人々や自分自身を次のステージへと導いていく大きな力になりえるのかもしれないと思った。
"petit"GEISAI♯15の公式サイト
ウィキペディア GEISAI
ウィキペディア 村上隆
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展覧会のちらしにあった9.11がもたらした「心理的な傷」という言葉を意識しなくなるまでは、どうしても被写体にある様々な表情を「傷」として読み取ってしまっていた。しかし、幾つかの写真は単なるポートレートとしても優れたもので、自然に良い写真だなと思いだすと、ある瞬間を切り取られた様々な国に生きる人々の姿だけが見えてきた。
そんな写真を撮った写真家が、一体どんな言葉を語るのかを楽しみに向かった講演。演台に立った写真家は、強い作家性を感じさせる人物というよりも、リゾート地にいるようなごく普通のアメリカのおじさんといった感じの人だった。

また講演で語られた言葉の多くは、「写真が持つあいまいさを受け入れて撮っている」と言った写真ほどには良さを感じるものは少なかった気がする。しかし、9.11以降感じ続けてきたことを語った部分には、今後の我々にとってもヒントになるようなことが含まれていたように思う。
「精神的な傷はひどかった」という世界貿易センターの崩壊を目の当たりにした後、ニューヨークが包まれていた「暗さ」を抜け出すことができなかったというルビンファインさん。それは多くのアメリカのアーティストにとっても同様だったらしく、そのことを「感情が麻痺した状態」と表現。「様々なものが空っぽで、つまらないものに見えてしまった」のだという。

そんなルビンファインさんの救いとなったのが、「避難所のようだった」という東京での生活。そして少年時代を過ごしたという東京で撮った一枚の写真だった。渋谷を歩く金髪の日本人少女の表情。そこに不安さやはかなさ、「美しくもあり、美しくもない仮面のようにも見える」といった様々ものを感じ取ったのだという。
そのことは、国家や戦争といったものが、人々を覆い尽くし、「個人的なものより国や戦争が大事なんだ」という印象。さらには、「個人的な希望や夢がつまらないもの」という感覚を残した9.11以降のルビンファインさんにとって、何かしらの琴線に触れるものだったらしい。

以後、様々なプロジェクトと並行して撮影された世界各地に住む人々を撮る中で、「日常的に頑張っている人たちの多様性」。またそんな人々だけでなく、自分たちさえも犠牲者になりうるからこそ感じる、そこにいる人々のはかなさを感じるようになったのだという。
「このプロジェクトを通して迷いながら見えてきたものは、人々の髪の毛一本、目の中の光。口、小さな傷やささいなディテールが非常に意味を持って貴重なものになってきた」といったルビンファインさん。「傷ついた街」の撮影という行為そのものが、9.11以降、自分が負っていた深い傷を癒すための過程だったのだろう。

3.11という未曽有の危機に直面し、「傷ついた街」を幾つも抱えるこの国。これからの私たちに求められるものは、それらの街や、自身が住む場所に存在する他者とのある種の地縁、血縁、趣味や興味をはじめとした感情によるつながりというだけでなく、時には国や人種、宗教や言語を超え、そこに見出せる個人的かつ人間的な共感によってつながる絆のようなものなのだろう。
概念や数字で物事を考えるとき、ともすれは個人を見失いがちになる世界の中で、新たな他者と向かい合うことで見えてくる風景が、時に自分にとっての新たな道しるべとなるのだろう。
※注 展示は大きめのギャラリーサイズの空間に35点の作品が割合窮屈に展示されているので、すべての人々にお勧めできるものだとは思えませんでした。
「傷ついた街」展が紹介されている東京国立近代美術館のページ
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「他者の視点で見えるもの」〜第5回グラフィック「1_WAll」展公開最終審査会〜

写真新世紀と共に、90年代のガールズフォトブームをけん引した「ひとつぼ展」。そのイベントが「1_WAll」展という名でリニューアルし、5回目を迎えた今回。最終候補に残った河野裕麻さんからのDMが送られて来るまでは、グラフィック部門があることを知らなかった。
東京へ引っ越して1カ月、まだ勝手のわからない東京のアート事情を知るための、ギャラリー巡りの一環として立ち寄ったガーディアン・ガーデンというスペース。審査対象となる作品が展示された室内は、グラフィックというくくりの微妙さがそのまま提示された、勝手気ままな合同展のような空間だった。

現代美術やアートといったくくりとは微妙に異なる、発想の面白さをビジュアル化した作品が多い点を除けば、それほど違和感なく見ることのできた展示。しかし、それを見ただけでは、どれか一つにどうしてもグランプリをあげたいというほどの作品がなったのも事実だった。
6名の作家の作品には、それぞれにそれなりの魅力があり、平面、立体、パフォーマンス、展示方法と、各作家のなりの味わいのようなものが見えてくるのだけれど、そのためには、観客が慎重に作品に向かい合うことが必要で、それはつまり、観る人全てを説得できる強さを持った作品がなかったということなのだろう。

実際、始まった審査会で行われたプレゼンでは、各作家の個性を反映した作品解説や、それに対する質疑応答が行われ、小さくはあるけれども、確かに他人とは異なる世界を作り出せるそれぞれの個性というものが、作者の存在を通して伝わってきた。
中でもグランプリを取った斉藤涼平さんのプレゼンは、自分自身や対象、審査員やこの審査会自体に対する距離の取り方や立ち位置が優れており、チープさを含みながらも皮肉の利いた後味を残す作品を生み出した作者ならではの人柄が感じられた。

また、広告や雑誌関係のメディアで活躍するアートデイレクターを中心とした審査員の発言にも、大学や教育機関が主導する関西のアートにはない、商業的な視点や、より流行のようなものを反映した発言が多く興味深かった。
特に言語化しにくい作品が多い中で、それらの特徴を的確な言葉で切り取った菊地敦己さん。さらにはイラストレーターでもあり、自身の体験を元に「登りやすい山でも、面白さや達成感がある」といった発言をした大塚いちおさんの言葉には、ジャンルを超えて人々を説得するだけの力があった。

ペインテングからパフォーマンス、イラストや展示方法までも含めた、一言では捉えにくい6人の作品から、グランプリを選ぶ過程の中で、「グラフィックの定義をどう捉えるか」という問いが再三出てきたことにも、これまで定まって見えた様々な枠組みさえも、今問い直すべき時期に来ているのだということを思わせた。
予定を大幅にオーバーし、最後は多数決で決めることになった公開審査会は、古い日本社会の体質をそのまま引きずったような、微妙な力関係や場の空気で受賞者が決まるような、ある種の古さを感じさせるものがあったし、今のスピード感から言うと、受賞者の個展開催が1年後になるというのは、あまりにも遅すぎるように思う。

しかし、グランプリを取った斉藤涼平さんの作品をその最たるものとして、6人の候補者の作品全てに、表現方法は異なりながらも、目には見えにくい毒のようなものが小さな世界観の中に潜んでいたこと。そしてその、アイロニー的な毒を持った作品に様々な視点で光を当て、ある種の合意に辿り着くまで徹底的に話し合う場が公開されていることは十分評価できた。
たぶん、今のリアルでは、そこから先、観客も論議に加わりながら、最終的には審査員が全体の意見を誘導し、より多様な視点を取り入れた形で審査をやっていくというのが、最も新しい公開審査のあり方なのだと思う。しかし、そのためには、フラットな状況でも力の差を見せつけられるだけの審査員の実力と、場の混乱を覚悟しながらもオープンさを保てる主催者の腹の括り方が不可欠なだけに、多少の古さはあったとしても現状で満足するしかないのだろう。
9月15日(木)まで第5回グラフィック「1_WALL」展が開催されているガーディアン・ガーデンのページ
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まず今回の出品作品の中で個人的に最も印象に残った本堀雄二さんの作品。捨てられたダンボールを再利用して仏像のシルエットを組み上げ、現代の空洞化した宗教性や日本の仏像彫刻の流れの今を提示したような作品には、単なる造形としての魅力だけでなく、様々な意味性が読み取れて面白かった。
またその展示のすぐ傍にあった鈴木基真さんの作品も良かった。自分の中に蓄積したアメリカの自然風景を、ザラリとした質感の彫刻で表現。映像や写真で見たという風景を元にペインテングを制作し、その後、幾つもの風景が混じり合ったところで、現実にはない自分だけの風景を作品にするという彫刻は、現実との微妙な距離感を持つ作品として独自の魅力を放っていた。

今回のフェアや、京都、大阪でのフェアを見てきた中で一番感じたことは、震災以降、より顕著になった平面や絵画作品の苦しい状況だった。この夏、ニューヨークをはじめとしたアメリカ東海岸でも感じたことだが、動きや変化のあるインスタレーションや映像作品、現物が実際にあるという強さを持った彫刻や写真作品に比べると、動きや現実感の少ない絵画作品は、よほど観客を引き付ける力がないと素通りされてしまう恐れがあるのだと思う。
実際、最近になって日本やアメリカでも多く見られるようになった平面作品の中に立体的なものや、光を反射するものを取り入れた作品、また見る場所が変わると作品が変化する作品などは、平面や絵画作品の弱点である変化の少なさといったものを克服するための手法として広まっている部分もあるのだろう。

2ケ月前に観たアート大阪ではそれほど感じなかったが、今回のアートフェア東京やアートフェア京都では、やはり震災後に観る絵画作品の弱さや、実際にないものを描いた作品の強度の無さといったものが気になった。
そんな中で、絵画作品を制作する田中千智さんという作家さんが描いた漆黒の闇を背景に、孤独にさまよう人物を描いた作品や、燃える船を描いた作品が強く印象に残った。震災以前から黒をバックに作品を描き続けているという田中さんの作品の前に立つと、本来、一寸先は闇という生き方しかできない人間の生のある一瞬が的確に切り取られているように感じられた。

震災という未曽有の出来事を乗り越え、また放射能汚染という不明瞭な危機を背負い続けながら暮らしていかなければならないこの国のリアリティーは、ある種のぬるさを抱えながらも、その奥には、厳しい状況を反映したものにならざるおえないだろう。
そんな中で開かれるアートフェア東京の今後の在り方に必要なものは、本堀雄二さんの立体作品が持つ歴史文脈をも兼ね備えたような意味の重層性。さらには鈴木基真さんの作品が持つような現実からの微妙な距離感や浮遊感。そして田中千智さんの絵画作品が持つような、鑑賞者の内面にまで届くような強度を持った作品が数多く出展されることに尽きるだろう。

前回のアートフェア東京批判でも述べた通り、もっと落ち着いた場所で、そのような作品と向き合える空間さえ生み出せれば、世界的知名度を持った東京という名を冠するに恥じない、魅力的なアートフェアが成立していくのだと思う。
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人々にとってアートが身近でなく、コレクターも少ないと言われてきた日本のアートマーケット。そこに「見本市」的にフェアを開催してきた功績は大きいが、「東京」という日本の首都名を冠したアートフェアとしては、方向転換すべき時期にきているのではないだろうか?
東京に転居し、最初のアートイベントとして訪れることになったアートフェア東京。4月開催予定だったものが、震災の影響で7月に延期され、その結果、初めて足を運ぶことができた。日本の首都である東京の実力ギャラリーが集うということで、かなり楽しみにしていたイベントだったが、全体としての印象は決して良いものではなかった。

2日目の開始直後から回りだした会場は、薄い仕切り壁で区切られた企業の新製品紹介ブースのようなまさに「見本市」的空間。手狭な展示場所のせいもあって足を止めることが難しい状況では、作品にしっかり向かい合うこともできにくく、これでは購入したくなる人も少ないのではと思えてくる。
このような場の作り方は現代アートの状況を、とりあえず多くの人に知ってもらおうという主旨ならば理解できなくもない。しかし現代アートに興味を持つ人々や、コレクターと呼ばれる人々が増えつつある状況で、日常と変わりばえのしない空間を慌ただしく巡回させられ、うわべだけの印象を残して帰っいくようなイベントで果たして良いのだろうか?

また、130以上のギャラリーが出展していた会場に、外国のギャラリーが少なかったことも残念だった。骨董や工芸といった分野の出品が多かったことは、このフェアー独自のカラーとして「カオス」的な日本の美術、芸術状況が表れていて良かった。しかし、原発や放射能問題で出展の取りやめがあったにしろ、90年代にはアジアNO1の国際都市として知られた東京で行われる、国内最大級のアートフェアに、海外の、特に欧米系のギャラリーの出展がほとんどないことには問題があるように思えた。
東京国際フォーラム地下2階という一見派手に見えるけれども、決して使い勝手が良いとは言えない空間。そこにプラスチック容器で仕切られた幕の内弁当のように一通りのものが詰め込まれていた今回のアートフェア。その空間状況が、いかにも日本的と言えば日本的だけれども、アートにちょっとした高級感や非日常性を求める人々が増えている時代には、より日常から逸脱できる多彩で異界化された空間が必要なのだと思う。
アートフェア東京のウェブサイト
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5月のアートフェア京都やartDive(アートダイブ)では、正直、震災という未曾有の危機を後にして観る絵画作品のもろさばかりが目立って、印象に残る作品が少なかった。しかし、今回のアート大阪では、それら2つのフェアーよりも、何か一歩前に進んだような印象がフェア全体にあったような気がする。
中でも強く印象に残ったのが韓国系のギャラリーや作家たち。片言の英語で会話していく中でも、現在言われている韓国の現代アートの熱量のようなものが、その話しぶりや態度からも伝わってきた。

GALLERY SHILLAの空間に展示されていたLee Lee Namさんの作品は、デジタル技術を使った東洋や西洋の歴史的な絵画を映像化した作品で、その中に現代的なモチーフを取り込んで、古さと新しさの融合を試みていた。
作品紹介をしてくれた韓国人ギャラリストの話では、海外のオークションで100万ドルの落札価格がついたと豪語するだけあって、そのクオリティーは非常に高く、デジタル技術をいち早く取り入れた先進性と、森村泰昌さんの作品を更に進化させたような発想が面白かった。

大阪のギャラリーで、優れた韓国人作家を日本に紹介しているギャラリー風の空間にあったNAUL(ナオル)さんという作家の作品も良かった。どこにでもありそうな紙くずのコラージュや落書きのようなラインから生み出される独特の平面は、極めてシンプルなはずなのに、見ていて飽きない面白みがあった。
韓国ではバンドのヴォーカリストとしても活躍しているという作家の作品には、一般的に言われている綺麗さや美しさに囚われることのない、自分独自の美意識のようなものがさりげなく表現されていて好感が持てた。
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今回のアート大阪だけでなく、国内で観る韓国人作家の作品に優れたものが多い理由を考えてみると、最近、韓国の文化や産業全般について言われている「政府や企業が戦略性を持ってお金を出しているから」とか、「人口が日本に比べ約4800万と少なく、世界のマーケットに出ていかなければ生き残れないから」といった理由だけではないものを感じるように思う。
それを一言でいえば、過去の因習や、「常識」として固定化されてしまった先入観に囚われることなく、積極的に新たなものに取り組み、そこから生み出される独自のものを、程よい客観性を兼ね備えながら提示している立ち位置の軽やかさにあるのかもしれない。
そういう意味では、海外に目を向けることを積極的にしなくなり、日本独自の発展を善しとしてきたガラパゴス的なあり方や、カワイイをはじめとしたクールジャパン的傾向ばかりに偏り過ぎた日本のアートには、より広い外の視点を欠いた些細な違いばかりに目がいってしまい、現代アートならではの先進性を試みた作品が少なかったのかもしれない。

日本で生まれ、世界的にも知られる芸術グループとしてその名を残す具体美術協会のリーダー・吉原治良は、その会のメンバーたちに「人の真似はするな、今までにないものを作れ」とことあるごとに告げていたのだという。震災という揺れが、社会だけでなく人々の精神や考え方までも揺らした今だからこそ、果敢に新たなものに挑戦し、新しい価値観を提示していくようなアートが求められているのだと思う。
アート大阪2011のウェブサイト
Hyon Gyon(ヒョンギョン)さんの展示を紹介した京都芸術センターのページ
ウィキペディア 具体美術協会
ウィキペディア 吉原治良
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「境界線の美学」〜風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアからを観て〜

児玉画廊での京都市立芸術大学出身者の展覧会、アートゾーンでの梅田哲也さんの個展、京都市立芸術大学ギャラリーでの「転置」展など、昨年頃から、関西を中心に急速に見かけるようになったデュシャンを彷彿させるような作品展。既製品を組み合わせた作品という共通性を持ちながら、「芸術への問い」を内包したデュシャンの作品とは違い、作家自身の表現の可能性の模索という個人的な動機から作られた作品が大半のよう感じられる。
たぶんそれらは、一度ストリートや資本主義マーケットという芸術の枠外に飛び出てしまった存在たちが、作家たちの感覚に根ざした構成力によって再び、美術館やギャラリーといった枠内に入り込み、互いの境界を越境し、新たな地平を見出そうとする動きの現れなのだと思う。そんな方向性を決定つけるような展覧会が、今回、美術館という最も美術的な空間を使用して行われた「風穴」展。出展作家は5組の日本人を含む、中国、韓国、タイ、ベトナムの9組のアジアの作家たち。

主に60年代後半から70年代生まれの作家の作品が並ぶ会場は、現代美術の展示ということで、ルーブル美術館店やルノワール展の時の混雑が嘘のような閑散とした状況なのだが、そこにある作品群には極めて刺激的なものが多かった。チープなモチーフや、光、風といった軽さや動きを取り入れた作品を展示したヤン・ヘギュ(韓国)や木村友紀の2次元と3次元の狭間を意識させる作品は、意味性を排除した際に生まれる、まだ言葉にされてない感覚のようなものを感じさせた。
中国の邱志傑(チウ・ジージェ)のダンボールで作られた文字を裏返した作品や、contact Gonzo(日本)、アラヤー・ラートチャムルーンスック(タイ)、ディン・Q・レー(ベトナム)、立花文穂の作品は、街中に広がるそれぞれの国の日常の中のリアリティーと、国家や美術といった現在も存続している「権威」というものの中間にある領域に鑑賞者を誘い込むような感覚的余白や、放置された感を観る者に与える面白みがあった。

山や川といった美術的空間外での活動を40年以上前から続けてきたパフォーマンス集団、プレイの活動も60、70年代生まれの作家たちが今向き合っているアートと日常の境界を探る動きの先進的なものとして今回の展示に加えられていた。プレイを含む読売アンデパンダン展のような何でもありの動きと、若い出展作家たちの違いは、すでに制度に取り込まれたしまったことを前提とした個人が、自分の感覚を軸として変質を生み出し、視点や境界線にズレを生じさせることで新たな領域を生み出したことにあるのだろう。
そういう意味では最もデュシャンを彷彿させる少ない手数で、2つの存在の中間や、存在の意味性を考えさせる作品を展示していた島袋道造の作品には、美術の枠内だけでなく、人々の小さな日常にも確かな「風穴」を開けることができる優れた力を持っていた。その名の通り『輪ゴムをくぐり抜ける』という作品は、鑑賞者が箱に入った輪ゴムを取り出し、それを広げてくぐり抜けるという単純な作品なのだが、そのくぐり抜けをやった前と後では、まるで作者の思考にスキャンされたかのような不思議な感覚がいつまでも残った。

さらに流水の中に同じ種類の果物を流し、一つは沈み、もう一つは浮かぶという状況が延々と続く『浮くもの/沈むもの』。展示会場を出たすぐの場所にホワイトキューブ的空間を作り、そこに一匹のケヅメリクガメを放した『カメ先生』などは、2つの存在の間に生まれた違いや、日常とアートの間に建てられた目には見えない境界線にゆらぎを生み出すことで、鑑賞者の様々な思いを受け入れる余白を生み出した。
今、西洋を中心とした「先進国」が成長の限界を迎え、様々な社会問題の解決の糸口をアートや芸術といった、個人のオリジナリティーを基盤とした創造力に見出そうとしている。そんな時、西洋美術史的積み上げからは全く想定外の東洋的文化背景を背負いながら、その持ち味である多様性を生かした作品により、閉塞した制度や権威に「風穴」を開こうとする試みが行われている。ポストモダンという言葉を繰り返しながら、なかなかその先に到達できていない現代社会にとって、アジアや東洋という文化的背景から生み出される多様な創造力と、テクノロジーの発展が、現状の閉塞感に「風穴」を開ける最大の力となるのだろう。
国立国際美術館「風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアから」のページ
ウィキペディア マルセル・デュシャン
ウィキペディア 読売アンデパンダン展
島袋道造ウェブサイト
ウィキペディア ポストモダン
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東日本大震災と阪神・淡路大震災、福島原発と地下鉄サリン事件。これらの持つ共通性と違いを確認するために、95年頃の社会風俗や文化について考え始めた時、村上龍さんと宮台真司さんという2人の人物のことが妙に気になりだした。特に宮台真司さんは、漫画家の山本直樹さんとの対談の中で、「想定外を楽しめるか」という考えを知って以来、過去の著作の中から、それまでのイメージとは異なる、時代の流れに敏感に反応してきた人として認識が改められた。
女子高生ブームが起こっていた95年当時、宮台真司さんがリサーチしていたブルセラ、テレクラといったものを、一言でまとめると、これまで受け皿とされてきた学校や家庭という枠組みに違和感を感じた女子高生を中心とした若い女性たちが、新たな居場所やコミュニケーションを求めて街(ストリート)に出て行ったという風に説明されていた。「終わりなき日常」と言われるような現実を生きる彼女たちにとって、その現実は、戦後社会が作り出してきたある種の「本音」と「建前」が成立するような古い社会の欺瞞をあざ笑うかのようにして広がっていった。

「援助交際」という言葉が象徴するような、古い価値観を支える「おやじ」たちの欲望を「援助」交際という「建前」的オブラートにつつんで剥き出しにした行動。それらはポケベルや家庭電話の子機機能といった通信ツールの個別化や、生活環境の個室化といったハードの環境が整ったこと。そして、「戦後」という社会の中で続いてきた経済発展や、誰もが信じれてこれた家庭、学校、会社、国家などの共同体に帰属することで抱ける共通幻想(大きな物語)が終焉を迎えた中で、よりリアルな状況に適応していこうというソフト面での対応が合さった結果だと説明されていた。(個人的曲解含む)
そのような時代背景の中で、出現したガーリーフォトブームというものは、当然、これまでの大きな物語を信じた人々が撮影した写真と全く異なる、極めて私的で、まだ確固として定まってはいない揺れのようなものをその写真の中に抱えているように思える。社会に対する「援助交際」的な強さを持ちながら、同時に感覚的で直感的鋭さを持つがゆえの危うさや不安のようなものを感じずにいられない。彼女たちが、今の自分の日常や、セルフポートレイトやセルフヌードを撮った意味というのは、そんな危うさや不安を抱えた「自分自身」を写真に写し撮ることで、自分という存在の確かさを確認する意味合いがあったのだと思う。それはこの時期、プリクラが登場し、多くの少女たちが自らのポートレートを撮影して自分が存在する今を確認したように。

90年代、写真界にガーリーフォトブームというムーブメントが生まれ、それが今に続く流れとなったのは、若い女性たちという日本社会において高い価値を置かれながら、それでいて社会から疎外され、居場所を模索するしかなかった人々が、自分たちの価値観(小さな物語)を切り取って提示していくための手法であり、それは、今の社会全体にまで波及した価値観の模索の前触れ的意味合いを持っていたのだと思う。そしてそのような新たな価値観の提示は、写真界のみで起きた現象でなく、マンガの世界での岡崎京子さん作品や、アートの世界のタカノ綾さんの作品など同時代的な女性作品の中に表れていた現象なのだと思う。
ウィキペディア ガーリーフォト
ウィキペディア 木村伊兵衛写真賞
川崎市市民ミュージアムの木村伊兵衛写真賞35年周年記念展紹介ページ
ウィキペディア 岡崎京子
ウィキペディア タカノ綾
アマゾン 宮台真司著『制服少女たちの選択―After 10 Years』 (朝日文庫)
アマゾン 『HIROMIX 01』
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